一生で古い部屋と付き合っている人

原稿発送の期日:2017-09-30

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(記者 呉晶晶)第1回「静安職人」の一人として、静安建築装飾実業株式会社に勤務している呉公は古い部屋と長く付き合い、19歳、静安区不動産局システムに入って、部屋を修繕する工人になった後で、呉師匠はこの領域で数十年の模索を行い、自分の努力と研究を通じて、会社の大黒柱になる。呉公保は浦江飯店、馬勒別荘、友邦ビル、中国共産党第2回全国代表大会の開催地などのような歴史を持っている建物を修繕したことがある。

20086月、中国共産党第2回全国代表大会の開催地に改造と修繕を再び開始し、このプロジェクトと言えば、呉公保は当時のことを思い出し、「このプロジェクトをうまく完成するために、私と同僚たちは寝食でも忘れました。」元々、記念館は二階石庫門の建物で、設計図によって、ロビーで一階と二階を打ち通して、全体の高さを高めて、観光客の視野を広げなければならなかった。中国共産党第2回全国代表大会の開催地が石庫門ハーフティンバーであるので、部屋ごとで柱が力を受けて二階を支えて、力を受ける柱を解体すると、90余年の歴史を持っている建物に崩れる可能性があった。この難題は呉公保と同僚は万策て手も足も出なかった。しかし、難しい問題を解決しようという言い方は見事なスローガンに留まらず、呉師匠は同僚たちと二週かかっていいアイディアを考え、計画を策定し、数回変えた後で、漸く実行できる計画を作成した。「私たちはこの問題を三面から同時に解決しました。まず、荷重を受ける南壁と北壁の側に柱を加え、また、局部でせん断力を発揮する壁を加えて力を分散しました。そのほかに、地下で支柱を加えることを通して敷地を固めました。」最後、この計画は役に立ち、そして、上海第一の記録を破った。修繕された中国共産党第2回全国代表大会の開催地は昔のスタイルを保持し、観光客はロビーでの鮮やかな党旗の下に立てば、当時の場に身を置いているように、共産党員の粘り強く戦った精神と奮闘の精神が感じられる。201335日、国務院は中国共産党第2回全国代表大会の開催地を第7波の全国重点文物保護単位として公布した。

2010年から、呉公保はチームのメンバーを連れて地下鉄12号線の南京西路ステーションの保留された建物の解体と復元に参与した。このプロジェクトは上海ないし全国で始めの事例として、難しさは言わなくても明らかであった。呉公保は同僚たちと各種の設計図を審議したり校正したりしていたと同時に、現場の作業員に建築施工操作規定を保護することによって、部屋の全ての煉瓦、瓦、扉、窓を注意深く解体し、恒温で保存し、屋根、外壁、アーチ等を修復して昔のようになるという要求を提出した。復元しているところで、煉瓦彫刻は呉公保の技術を検証する試金石であった。「煉瓦彫刻は彫刻と異なり、引き算をするように、前より多くの石材を切り出したら、復元できません。」従って、呉公保は材料を選択する時と刃物で彫刻を行う時に、その質を厳しくチェックしていた。呉師匠は自分で全ての煉瓦を繰り返して叩いて、音を聞くのは、声がはっきりしないと彫刻が難しくて、はっきりしすぎたら崩れやすいからである。全ての彫刻用の刃物は呉師匠が作業員の実際の状況によって注文した。呉公保の几帳面と勤勉のおかげで、12号線の南京西路ステーションのプロジェクトがうまく竣工でき、歴史を持っている建物の最初のスタイルをできる限り保存している。

最近、呉公保は東斯文里の歴史建築の修復に没頭して、この石庫門建築群をよく保存し、後人に残して、継承されるということに全力を尽くしている?昔、ある人は呉公保が骨に鉄筋を打って、血液でセメントが流れ、頭の中で三つ、四つの煉瓦を畳んで、臭くて硬くて融通できないとふざけて言った。しかしながら、呉師匠は笑ってこう言った: 「この世で頭がいい人はもう十分なので、私は融通のきかない人としましょう。」呉公保はどのようなプロジェクトをしても非常に真面目である。これは本当の職人精神であろう!

(出所:静安報)

 

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