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百年の歴史を誇る上海総商会は元の姿通りに修繕されて再登場

原稿発送の期日:2018-07-05

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(記者 顧武)6月15日の午後、上海総商会百年展覧会は蘇河湾地区で幕を開けた。中国現代民族工商業の繁栄を推進し、その証になった上海総商会旧趾は、元の姿に戻すための修繕的保護が完成したあと、ユニークな古典主義建築スタイルで再登場した。区委員会の書記の安路生は「百年展覧会」の開幕を告げた。

 

北蘇州路470号にある上海総商会旧趾は、1912年に通和洋行によりデザインされ、そして1916年に完成・起用された。上海総商会ビルは三階建ての鉄筋コンクリート構造で、古典主義建築スタイルに属する。ビルの外壁は打放し赤レンガ仕様で、付柱、扉、窓などが全部バロック風にデコされた。チェンバーの両側には、優雅で精緻な回廊とボックスが設置されている。蘇州河に面する儀門(装飾扉)はローマチューダー凱旋門を模したスタイルで、二つの複合式の柱を持ち、力強くて荘厳であった。

 

聞くところによると、清王朝政府が設立した上海商業会議公所(そのあと上海商務総会に改称した)という機関は、上海総商会の前身であった。辛亥革命の後、上海商務総会は江蘇・浙江の紳士と商人が自ら創設した上海商務公所と合併して、正式的に上海総商会という名称を定めた。民国時代で、「上海」というタイトルにかかわらず、上海総商会は全国へ広がっていって、中国伝統商会の「以敦郷誼、以輯同帮(同郷の友情を深め、会派の力を集め)」の観念を超えた。そのとき、上海総商会は半世紀以上においての中国民族工商業のエリートたちを集め、厳信厚、徐潤、朱葆三、虞洽卿や吴蘊初などの中国工商業の初代企業家を培養した。その人たちは実業救国に力を注いで、河川の浚渫および学校や病院の開設を行い、内部で中国商人と他の中国人の利益を守り、外部で中国の主権を主張した。上海総商会で、中国初の商務仲裁処、商業法律草案、商品展示場、商業図書館および『総商会月報』の創刊号などが生まれ、中国近代経済の現代化をリードしていた。新中国が成立した後、当該建築は前後して上海電子管工場、連合電球工場と上海市電子部品研究所に使われたことがある。

 

上海市第三回優秀歴史建物認定に選出され、上海市の移動不可の文物にも登録された上海総商会は、2011年、華僑城(上海)置地有限会社により修繕的保護プロジェクトを正式的に始動した。都市建築専門家および十軒以上の専門機関からのデザインエリートは専門修繕チームを組んだ。修繕していた最中、チームは壁、天井、窓、扉などの建物の細部を全部ビデオ撮影してコンピューターに導入し、BIMデータベース(建築インフォーメーションモデル)を築きあがって、さらにそれらのデータを元の設計図や歴史的写真と参照して分析した。真正性、識別可能性、可逆性、完全性と最小介入の五つの原則に従って、修繕チームは元通りの様式、素材と工芸を用いて建物の外壁を修繕し、西洋古典主義建築の優雅な特徴を再現した。また、建物の基本的なレイアウトや特徴的なインテリデコレーションも完全に留められた。7年の心のこめた修繕を経て、上海総商会旧趾はようやく昔の華麗なる風情を取り戻した。

 

今回の上海総商会百年展覧会は華僑城(上海)置地有限会社とOCAT上海館に共催され、上海と全国の民族工商業が盛んになる歴史を市民や観光客に見せることを目的としている。展覧会は「歴史編」と「修繕編」に分けられている。「歴史編」では、展覧会は上海総商会の歴史的変遷を整理して、「江海の合流」、「急流の中の支え」、「港湾の保護」と「大波のリード」の四つの部分を通じて上海総商会の歴史的価値および意義をはっきりと示し、大量の貴重な地図、実物や文献などの資料で中国第一商会の百年をわたる盛衰の歴史を見せた。また、展覧者は昔の総商会メンバーの子孫を五人探し訪ねて、家族の伝承を語ってもらい、個人の歴史から切り込んで、一世紀の歴史の変化をうかがい知った。そして「修繕編」では、上海総商会ビルの保護修繕の経歴が展示された。関連のビデオ、モデル、設計図、修繕日誌、さらには四つの特徴的な修繕工芸と修繕技術は出展され、この百年の歴史を誇る建物が生まれ変われる物語を語った。話によるの、当該展示会は即日から12月16日まで行われる。市民や観光客は「華僑城蘇河湾」WeChat公式アカウントをフォローしてから、メニューの「予約観展」から展示会入場の予約ができる。

 

予約リンク:http://h5.rowchina.cn/oct/


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