「周恩来を演じたこともあれば、茅盾の世界に入り込んだこともあります。歴史が単なる紙の上の活字ではなく、演劇仕立ての党教育講座を通じて鮮やかに蘇った時こそ、その感動は心に響きました」と就任したばかりの芷江中路294弄住民エリア党総支部委員会書記陳逸氏は、自身の宣伝経験をそう語った。
「宝山路に足を踏み入れ、党の初心を知る。『宣伝グループ』に加わり、歴史の物語に温もりを与える」と青雲路435弄住民委員会のコミュニティワーカーである周珍氏は、この言葉で自身が半年前に加入したグループを紹介した。
「歴史を掘り起こし、新人を育てる。このプロセスには達成感が満ち溢れています」と湖州会館の施設運営責任者である張暁谷氏は、ゼロからスタートしたこのチームが、小さな花火からやがて地域全体に広がり、飛躍的な成長を遂げるまでの成長を見届けてきた。
宝山路街道では、「赤色宝山路100人宣伝グループ」のもとに人々が集まっている。彼らは革命の歴史の「守り手」であり「種をまく人」でもある。語りや演劇を通じて革命の精神を受け継ぎ、新時代における党の歴史文化発信の新たなロールモデルとして、地域コミュニティの発展を力強く支える原動力となっている。
革命の精神を育む:百年の蓄積が生み出した宣伝ブーム
宝山路街道は、中国共産党の初期機関、労働者運動、そして文化陣地が置かれた場所である。輝かしい革命の伝統と党ゆかりの豊富な歴史資源を有し、わずか1.62平方キロメートルの範囲に26カ所もの革命関連史跡が点在することから、古くから「赤色宝山路」と呼ばれてきた。
宝山路に足を踏み入れると、一歩ごとに革命の記憶が呼び起こされる。ここには以下の史跡がある↓
マルクス主義普及の地:商務印書館総工場跡地、上海大学跡地(青雲路)。中国共産党初期の中央機関集積地:党第3回・第4回全国代表大会後の中央局機関跡地。大衆運動の発信地:「五・三〇」運動初期の上海総工会跡地、上海総工会跡地(湖州会館跡地)、上海労働者第3回武装蜂起労働者糾察隊総指揮部跡地(東方図書館跡地)。革命指導者の足跡:毛沢東、周恩来、劉少奇、陳雲、瞿秋白、蔡和森などのプロレタリア革命家がここで働き、或いは住んだことがある。
「この土地には数多くの歴史的記憶が刻まれています。私たちは、それを後世に伝える責任があります」と宝山路街道党工作委員会副書記で、「赤色宝山路100人宣伝グループ」の代表を務める蒋麗麗氏は語った。
近年、同街道は革命遺跡の歴史的価値の掘り起こしと活用に注力し、常に新たな手法を模索している。党の歴史文化を現代の地域コミュニティや人々の心に浸透させ、「赤色宝山路」を静安区の歴史的奥深さを示すシンボルへと育て上げるべく努めている。こうした背景の下、同街道は2023年7月に「赤色宝山路100人宣伝のグループ」を発足させた。
現在、同グループは当初の100人から規模を拡大し続け、党・政府機関、企業・事業機関、コミュニティ、学校などあらゆる分野をカバーする文化発信の強力な担い手へと成長した。宣伝グループの年齢層は2010年代生まれの小学生から80代の古参党員まで幅広く、上海大学や市北職業高等学校の教師・学生をはじめ、中鉄二十四局の従業員、コミュニティワーカー、定年退職した住民などが参加している。多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まることで、革命史を語る視点が多角化し、党の歴史文化がより幅広い層に届くようになった。
歴史発信エコシステムの革新:「点」の解説から「面」への浸透へ
「以前、党の歴史学習は退屈だと思っていたが、『移動式レッドラウンジ』の講座に参加して、案内役と共に街歩きをしながら解説を聞くことで、歴史が身近にあることに気がついた」と党教育講座に参加したある市民はそう語った。同グループは発足以来、常にイノベーションを軸として従来の講義スタイルから脱却し、点から面へと広がる全方位的かつ立体的な歴史文化の発信体制を構築している。
空間の配置としては、点在する26カ所の革命遺跡を一つのルートとして結びつけ、党教育講座プログラム「覚醒への道:赤色宝山路周遊バス(city bus)および街歩き(city walk)移動式レッドラウンジ」を開発・提供している。党創立の精神を広く発信し、社会各界が「赤色宝山路」に対する理解を深めさせ、共同学習の枠組みを強化している。同プログラムは、上海市の「シリーズ党教育講座コンテンツ群」の教育資源として、市内の第一線の党組織や党員に提供されており、「街歩き」を学習のキャリアとしている。同時に「レッドラウンジ」という概念を刷新し、各遺跡、各周遊バス、各住民エリアの「党・住民サービスステーション」をすべて発信拠点化させる。住民に身近な「ゼロ距離」での全面的な発信を実現し、家を出ればすぐに党の歴史文化に触れられる環境を整えた。
組織構築の面では、「青雲研修社」を新たに設立し、「シニア党員講師チーム」「ユース講師チーム」「ジュニア宣伝チーム」「コミュニティ語り達人チーム」という4つの特化チームを設け、年齢別・ターゲット別の発信体制を形成している。また、「受講生→見習い案内役→新人案内役→優秀案内役→ゴールド案内役」というステップアップ型の育成体系を構築。ベテランが新人を指導するメンター制度や、専門的なマナー研修、党史知識の講座などを通じて、宣伝に関する専門的素養の向上を図っている。
表現形式の面では、「没入型」の発信手法を取り入れ、「歩く、演じる、読む、書く、語る」と五つの特徴で実践している。メンバー自らが『忘れがたき1927』や『覚醒への道』といった演劇仕立ての党教育プログラムを上演。地域住民による素人な演技で、当時の革命の情景を再現させ、歴史を肌で感じられるものにしている。新漢興住民エリア党総支部第2党支部の書記である封駿哲氏の成長は、湖州会館でのプログラム『忘れがたき1927』から始まった。「5、6人で一緒にロールプレイ形式で歴史を再現しました」。一方、陳逸氏は『覚醒への道』で周恩来と茅盾を演じた。「周恩来を演じたシーンは、ちょうど私が担当する東方図書館でロケした。演じることを通じて、歴史に対する理解がさらに深まりました」。
広がる協働の輪:革命史を架け橋に多様な力を結集
同グループは党組織間の連携ネットワークを積極的に広げ、静安区税務局、中鉄二十四局、上海市第六十中学など多くの機関と長期的な協力関係を構築。革命史の発信が、地域連携を深めるための重要な絆となっている。
専門知識の不足を補うため、同グループは外部の知見やリソースを積極的に導入。大学との継続的な連携により、『なぜ宝山路なのか』といった一連の特別研究プロジェクトを展開しているほか、復旦大学や上海大学など市内の大学から博士コースの学生を招き、「赤色宝山路・博士コース学生リサーチネットワーク」を設立。革命遺跡の背後にある歴史的論理を深く掘り下げている。さらに、上海師範大学人文学院と共同で「地域・学校・記念館」が深く融合する「総合市民教育」プロジェクトを始動。学校の道徳教育のための実践プラットフォームや、企業・機関の思想教育のためのリアルな教材を提供し、革命史教育を「単発のイベント」から「常態化された仕組み」へと移行させている。
地道な活動成果と革新的な発信モデルが評価され、2024年に「赤色宝山路100人宣伝グループ」は静安区党委員会社会工作部から「優秀ボランティアサービスチーム」の称号を授与され、同区における党歴史文化発信のベンチマーク・ブランドとなった。
初心が照らす道のり:「誰もが語り手になる」というビジョン
語り手たちにとって、これは精神の洗礼であると同時に、自己変革のプロセスでもある。
「宣伝のグループに加わってから、私自身物事の捉え方が大きく変わったことに気づきました」と周珍氏はそう実感を込めて語る。20代という若さで命を懸けて戦った烈士たちの足跡に触れるうちに、仕事で直面する悩みなど、本当にちっぽけなものだと思えるようになったという。
封駿哲氏もまた、発信活動の中で、自分の中にある「揺るぎない確信」を見出した。「人から聞く」段階から「自ら理解する」段階へと変わり、心の奥底に自信が根付いた。
陳逸氏の成長ぶりはとりわけ際立っている。入党を志す「積極分子」の段階から予備党員、そして正式な党員に至るまで、同グループは、彼が組織の一員として自覚を高め、成長していく姿を間近で見守り続けてきた。
「宝山路街道に住む人も、働く人も、学ぶ人も、誰もが身近な革命史を自らの言葉で語れるようになること。そんな『誰もが語り手になれる街』を築き上げることが、私たちの目標です」と蒋麗麗氏は語る。同グループは今後、革命史教育をさらに深化させ、コンテンツと発信手法のさらなる充実を図っていく。同時に、運営体制の整備を進め、専門的な支援を幅広く仰ぐことで、活動のさらなる高度化を推進する方針である。党の理念を地域社会の隅々にまで深く浸透させ、「歴史ある過去、継承される現在、そして発展する未来」、宝山路街道が刻む新時代における新たな1ページを、より鮮やかに描き出していく。